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いらない支出を減らしても不安な気持ちがある。

 スマホからガラホにしたり、固定費を見直してみて1年くらい経った。スマホがなくても、別に事足りてるしそんな不便することないし、それに気づいただけでも自分にとっては大きな収穫だ。スマホを使い続けたとして、ガラホでういた分のお金を積立を機種変したタイミングではじめたし。これで安心して・・っていや不安だ。

 何が不安なのか?って聞かれたとしても、正直わからない。漠然となんかお金の事考えてたら不安になってしまう。別に今の生活に不満を持ってるわけじゃないし、好きな本が読めて映画観れて、好きな音楽も聞けるし、家族もいて子供いて何も不満なんかない。ただ、家族の為にとか子供の将来の為にとかっていろいろ考えてたら、もっとお金が将来いるんじゃないかって、いずれおこるであろう地震や災害があった時の為にもっとお金があった方がっていろいろ考えて、グルグル思考をめぐらせてしんどくなってしまう。

 じゃー自分個人はどんな生活が理想?と自問自答してみる。

 週休3日くらいのスパンで働いて、家に畑や田んぼがある。家族が食うに困らない米や野菜は作れるし、住んでいる地域はシカや猪がでるから猟の資格をとってもいい。(だいぶまえから挑戦したいとは思っているんだけど)

 最悪、米と大豆さえ作れたら生きていけるんじゃないかって思う。

 

 じゃーやりゃーいいんじゃんって話だけど。周りがどうとか、家族がとか、世間手がとかって考えてしまう。でもそれって何かのせいにして逃げてるだっけなんだと思う。

 うーん、自分が弱い人間だって思ってしまってすごい嫌だけど。どうしても、僕の世代より上の人たちの、男だったら、家建てて、子供は二人と言わんと三人育てて一人前だ、子供は大学行かせてとか、車は大きなんとか、他所の家〇〇を買いなった・子供に〇〇の塾を始めたでとか、親になったらそんな声・話がとびこんでくる(もちろんよかれと思って話してくれる部分もあるのはわかっている)。

 できる限り子供たちにお金を残して、きたる時に渡してあげたいって思っている。短大にいけるくらいのお金を目標にしている。その時がきたら、進学したかったらしたらいいし、自分が生きたいように生きたらええと思うって伝えれたらいいなって思う。

 仕事で鬱みたいになったらあほらしいし、明日がくるのが憂鬱な気分になるような生き方だっけはしてほしくないな。だからこそ、自分もそんな生活にならないようにこころがける。たぶん口にはしなかったっとしても、子供は親のそんな姿を見てるんだろうしね。

Kindle unlimitedしてたけどやめた。

kindle

 Amazonプライム会員で、安くfireタブレットを買ったから、プライムビデオ観る為にタブレットを使うだけでなくKindle読むのにもって思ってKindle unlimitedにもはいった。月額1,000円?で読み放題って安いよなって思って面白そうな本・マンガを読んで満足してたけど、何ヶ月かして思ったのは、もとをとらないとっていうストレスを感じる事だった。だし、正直これ読みたかったって本も少なかったし、同じ1,000円を払って自分が本当に読んでみたい本を買った方がよっぽど有意義なんじゃないかって思ってやめた。自分で選んだ本はまた読もうって何回も読んでいるものあるし。買わなくても図書館だってあるし。

 まープライム会員だってお金かかるけど、安いのもあるしGEOでレンタルして観てた事もあるし、Amazonで買い物もするし今は入ったままの方が今はいいと思うからそのままにしてる。

家で食べるご飯が一番おいしい。

思った事

 外食も一つの経験かもしれないけど、同じお金と時間を使うならちがう事にって思ってしまう。そう思うようになってきた。外食確かにおいしいし、末永く通いたいって思うお店もあるから全否定はできない。けど、外食で慌ただしく食事するより、家で嫁さんが作ったご飯を家族で一緒に食べる事の方がおいしいしよっぽど有意義だなって思う。自給自足ができたらなおいいって思う。

 遅くなりました。新年あけましておめでとうございます。

 

バリカンは僕にとって必要な物の一つ。

買ってよかったもの

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 5年以上はバリカンで丸坊主をしている。髪が薄くなったってのもあるしまー丸坊主でいいやって思ってずっと坊主。周りはまだ大丈夫だよって言ってはくれるけど。それまでは、美容院に行ってたけど、それがめんどくさいって思ったのと、なんか照れくさいって言うのと、美容院の雰囲気が居りづらいのも丸坊主を続けている理由だと思う。もっと前にもよくしていたから、丸坊主にすることは抵抗はないし。

 それによく考えたら、美容院に予約とって、車で行って、髪切って、車で帰るその時間がもったいないと思う。その時間があれば家で坊主にして、少しでも本を読んでたいって思うのが僕の今の優先順位だ。だから、バリカンを使うのはヒゲを剃るくらいの習慣の一つになった。

 

 今思えば、20代の時でも装飾品でもよく買ってたなって思う。今言えるのはそこまで人は自分の事観てないよって事。もちろん最低限の身だしなみは整える事はもちろんずっとしてきたつもりだけど。装飾品身につけても、結局見栄をはりたかったり、こんな風に思われたいとかっていうしょうもないプライドでしていた事だったんだなって思うし。見栄をはっても分かる人には見透かされているし、それで恥かくのは自分だし。だからあの人みたいになりたいとかって思ってもなれないし、自分は自分だし。

 まぁ文章一つにしても手垢だらけの言葉しか思いつかないし、格好も同じように個があるようにって思っても無意識に観てきた物のマネになってしまうんだし、そもそもなれないもんなれないよって思う事ができて、だからずっと前にそんなしょうもない見栄やプライドは捨てた。

働く事の話。

思った事

  働く事は、傍を楽にする、傍とは他者の意味で他者の負担を軽くしてあげる、楽にしてあげるって意味とまえに教えてもらった事がある。それは確かに正しいと思うし、ただ働く事ってどうしても給料をもらう仕事の事だけを指しているような気がする。別に普段でも家族に対しても、友人に対しても楽にしてあげる方法ってあると思うし無意識している事が負担を軽くしている事だってあるし、相手からしてもらった事でそんな気持ちにさせてもらった事だってもちろんある。

 あと時間もお金も有限なんだし全てを欲張る事はできない。こういう生活がしたいって思った時に、お金はどうするのか、時間はどうするのか、家族の事はって理想と現実との乖離がどれだけあるのかも把握しなければいけないとも思うし。理想を言ってもそんな事できないって考えるのも何かのせいにしているだっけなのかもしれない。周りの目や昔の考えとかを気にしすぎなのかもしれない。・・ってこうやって思考をめぐらすのは、何かに不安があるからだと自分は思っている。考えてもしかたがないけど、頭を整理するにはほんとブログはピッタリだと思った。整理しきれていないけど。

 

 ただ一つ言えるのは、傍を楽にするには、知識や経験とかも大事かもしれないけど、一番に大事なのは、自分自身の健康管理なのかなって思う。自分の健康管理もできないようじゃ傍を楽にする事なんてできないって誰かが話してた。そのとおりだと思う。自分の身体も守れないんじゃすぐ目の前の人を楽にする事はできないと思う。アホだけどそこだけは大事にしていこうと思う。

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自分は言葉を知らなすぎる。

ブログ

 その時その時感じたことをや、その日起きた事を切り取ってブログの記事にしている。あくまでも日々の記録として残しているんだって思って書いてはいるけど、どの言葉を使おうかって考えて紡ぐ作業は楽しいなって思うけど、その反面言葉を知らなすぎるって自分に跳ね返ってきてショックをいつも感じてしまう。

 ブログを始めるまえからもっと本を読めばよかったなって思う事があって、図書館で本を借り、少しの時間でも毎日読む事を習慣にしている。自分が読みたいって思う本・読んで面白いなって思った本は続けて読むようにしている。この本を読んで仕事に活かすぞとかって考えず、読む事を楽しむ事だけ今は考えている。楽しむ中で、「あっやっぱそれでよかったんだよな」「安心した」って思える言葉に出会えた事が何度もあった。もちろん読書以外でも、生きてきた中でそう思える言葉には出会えたけど。

 息を吸うように言葉に触れて、ブログで外に発信をする。毎日できる限り続けたい。続けてどうなるのか・意味があるのかも分からないし、自己満足かもしれないけど、続けた先に自分がどう変化していくのかを観てみたい。

消費することで勉強をさせてもらっている。

ミニマリスト

 物を買う時、買ったらこう使うとかってよく考えた上でもちろん買うようにしているし、使うだけの時間が日常の中であるのか・その物自体ももちろん調べる。それでも迷ってしまう場合はとりあえずAmazonの欲しい物リストにあげておく。今まで買い物をたくさんしていたけど、高価だからって使い続けている事もないし、売ったり、誰かにあげたりして手放した物はたくさんある。気もつかわず、自分の生活の中に無理なくとけこんでいる物だけが残っている。考えれば、高価な物ではないかもしれないけど自分にとってはなくてはならない物だし、僕の必要最小限ってちょっとみえてきたのかなって最近やっと少し思えるようになってきた。と言ってもまだ物が多いって感じているけど。

 

 考えてみれば消費する事で勉強させてもらっているってほんとに思う。何で買ってしまったんだろうって後悔してしまう事もあるし、そんな時は勉強させてもらったっていいように思うようにしている。だからこそいざ買う時は真剣になるし、ケチで言っているわけではないけど、使わなくなってしまった時の後悔のあの気持ちはできる限り経験はしたくないから。