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バリカンは僕にとって必要な物の一つ。

買ってよかったもの

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 5年以上はバリカンで丸坊主をしている。髪が薄くなったってのもあるしまー丸坊主でいいやって思ってずっと坊主。周りはまだ大丈夫だよって言ってはくれるけど。それまでは、美容院に行ってたけど、それがめんどくさいって思ったのと、なんか照れくさいって言うのと、美容院の雰囲気が居りづらいのも丸坊主を続けている理由だと思う。もっと前にもよくしていたから、丸坊主にすることは抵抗はないし。

 それによく考えたら、美容院に予約とって、車で行って、髪切って、車で帰るその時間がもったいないと思う。その時間があれば家で坊主にして、少しでも本を読んでたいって思うのが僕の今の優先順位だ。だから、バリカンを使うのはヒゲを剃るくらいの習慣の一つになった。

 

 今思えば、20代の時でも装飾品でもよく買ってたなって思う。今言えるのはそこまで人は自分の事観てないよって事。もちろん最低限の身だしなみは整える事はもちろんずっとしてきたつもりだけど。装飾品身につけても、結局見栄をはりたかったり、こんな風に思われたいとかっていうしょうもないプライドでしていた事だったんだなって思うし。見栄をはっても分かる人には見透かされているし、それで恥かくのは自分だし。だからあの人みたいになりたいとかって思ってもなれないし、自分は自分だし。

 まぁ文章一つにしても手垢だらけの言葉しか思いつかないし、格好も同じように個があるようにって思っても無意識に観てきた物のマネになってしまうんだし、そもそもなれないもんなれないよって思う事ができて、だからずっと前にそんなしょうもない見栄やプライドは捨てた。

働く事の話。

思った事

  働く事は、傍を楽にする、傍とは他者の意味で他者の負担を軽くしてあげる、楽にしてあげるって意味とまえに教えてもらった事がある。それは確かに正しいと思うし、ただ働く事ってどうしても給料をもらう仕事の事だけを指しているような気がする。別に普段でも家族に対しても、友人に対しても楽にしてあげる方法ってあると思うし無意識している事が負担を軽くしている事だってあるし、相手からしてもらった事でそんな気持ちにさせてもらった事だってもちろんある。

 あと時間もお金も有限なんだし全てを欲張る事はできない。こういう生活がしたいって思った時に、お金はどうするのか、時間はどうするのか、家族の事はって理想と現実との乖離がどれだけあるのかも把握しなければいけないとも思うし。理想を言ってもそんな事できないって考えるのも何かのせいにしているだっけなのかもしれない。周りの目や昔の考えとかを気にしすぎなのかもしれない。・・ってこうやって思考をめぐらすのは、何かに不安があるからだと自分は思っている。考えてもしかたがないけど、頭を整理するにはほんとブログはピッタリだと思った。整理しきれていないけど。

 

 ただ一つ言えるのは、傍を楽にするには、知識や経験とかも大事かもしれないけど、一番に大事なのは、自分自身の健康管理なのかなって思う。自分の健康管理もできないようじゃ傍を楽にする事なんてできないって誰かが話してた。そのとおりだと思う。自分の身体も守れないんじゃすぐ目の前の人を楽にする事はできないと思う。アホだけどそこだけは大事にしていこうと思う。

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自分は言葉を知らなすぎる。

ブログ

 その時その時感じたことをや、その日起きた事を切り取ってブログの記事にしている。あくまでも日々の記録として残しているんだって思って書いてはいるけど、どの言葉を使おうかって考えて紡ぐ作業は楽しいなって思うけど、その反面言葉を知らなすぎるって自分に跳ね返ってきてショックをいつも感じてしまう。

 ブログを始めるまえからもっと本を読めばよかったなって思う事があって、図書館で本を借り、少しの時間でも毎日読む事を習慣にしている。自分が読みたいって思う本・読んで面白いなって思った本は続けて読むようにしている。この本を読んで仕事に活かすぞとかって考えず、読む事を楽しむ事だけ今は考えている。楽しむ中で、「あっやっぱそれでよかったんだよな」「安心した」って思える言葉に出会えた事が何度もあった。もちろん読書以外でも、生きてきた中でそう思える言葉には出会えたけど。

 息を吸うように言葉に触れて、ブログで外に発信をする。毎日できる限り続けたい。続けてどうなるのか・意味があるのかも分からないし、自己満足かもしれないけど、続けた先に自分がどう変化していくのかを観てみたい。

消費することで勉強をさせてもらっている。

ミニマリスト

 物を買う時、買ったらこう使うとかってよく考えた上でもちろん買うようにしているし、使うだけの時間が日常の中であるのか・その物自体ももちろん調べる。それでも迷ってしまう場合はとりあえずAmazonの欲しい物リストにあげておく。今まで買い物をたくさんしていたけど、高価だからって使い続けている事もないし、売ったり、誰かにあげたりして手放した物はたくさんある。気もつかわず、自分の生活の中に無理なくとけこんでいる物だけが残っている。考えれば、高価な物ではないかもしれないけど自分にとってはなくてはならない物だし、僕の必要最小限ってちょっとみえてきたのかなって最近やっと少し思えるようになってきた。と言ってもまだ物が多いって感じているけど。

 

 考えてみれば消費する事で勉強させてもらっているってほんとに思う。何で買ってしまったんだろうって後悔してしまう事もあるし、そんな時は勉強させてもらったっていいように思うようにしている。だからこそいざ買う時は真剣になるし、ケチで言っているわけではないけど、使わなくなってしまった時の後悔のあの気持ちはできる限り経験はしたくないから。

かっこいい生き方をしている人は僕が知らないだけで、世の中にいっぱいいる。

音楽 思った事をかきなぐる

  自分が知らないなだけで世の中には、かっこいい生き方をしている人がもっといっぱいると思う。バンドマン、映像を作る人、絵描き、作家さん、何かを作っている人、表現して発信している人。生きているからこそ出会えてその人から放つものにふれた時のワクワク感や高揚感。その体験は人生であと何回できるかなって思ったら、好きな事を探求し続ける事や、自分の知らない世界に触れる時間を一日の中で少しでもいいから持ち続ける事が大事になってくると改めて思った。その時間を持つからこそ新しいあの高揚した体験に出会う事に繋がる。

 

 

音楽好きでほんとよかった。

 

歳をとっても音楽を聞ける環境と体力は死守したい。

音楽

 中3の時Hi-STANDARDに出会うまでは、本気でヴィジュアル系のような格好をしないとバンドってできないんだって思ってた。それまではGLAYやLUNASEAみたいなバンドしか知らなかったし、どれだけ情弱だったんだろう振り返ると思う。今はネットにつながっていれば、聴きたいって思うバンドの曲を視聴することもできるし。

 Hi-STANDARD以外にAIRJAMに出ていたBRAHMANHUSKING BEETHE MAD CAPSULE MARKETSBACK DROP BOMBLOW IQ 01など今でも聴くしPIZZA OF DEATHに所属しているバンドの新譜はけっこう買っている。海外だったら、NOFXNo Use For A NameRANCIDPENNYWISEなどFATやEpitaphのレーベルのロゴのあるバンドを今でもだけどよく聴いていた。雑誌のOllieを買って夏フェスやイベントのレポの記事とか、音楽雑誌とかもよく読んだし、音楽に関わるカルチャーに触れる事が好きなんだと思う。ライブハウスはいつもVANS履いてるし。

 社会人になって結婚するまでは、友達と多い時は月1回くらいのペースでライブハウスに行っていた。あの空間はCDだけじゃ味わえないし、また行きたいって何度も思える場所だと思う。体力があるうちに観たいバンドは観とかなければ解散するかもしれないし、活動休止するかもしれない。あとでもう一回行っとけばよかったなって思った事もあった。やっぱ物より経験は失くならないし色褪せないな改めて思う。音源も聴けるならどんな端末でもこだわりないし、聴きたいって思ったら聴けるって環境は残したい。

 

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Hi-STANDARDはまだ生では観ていない。死ぬまでに一回は観たいなって嫁さんといつも話している。

 

買い物に行った時のご飯。

 よく家族とイオンに買い物に行く事がある。僕は明確にこれが欲しいって物がない限り何も買わない事が多い。女性の人って服とか買わなくても店に入って観ているだっけでも楽しいみたいで嫁さんもその一人だ。その事を否定するつもりはないけど、ほんとにほしい物があったら店では買わずネットで買うのが早いし変な労力つかわなくてもすむし僕は楽だと思うんだけど、店をはしごして、値段やデザインを比べたり、これだって思う物に出会えた瞬間があるのがたぶん楽しいんだろうなって勝手に思ってできる限りみずをさすような事は言わないようにしている。嫁さんが服屋のはしごしている間、いつもしている事といったら本屋に行くかヴィレッジヴァンガードがあったら寄るくらい。ヴィレッジヴァンガードは入るのは楽しいけど、これ面白いなって物があって買おうかなって考えても結局買わずに店を出る事がほとんどだ。どうせ使わず放置するか捨ててしまう事になるんだろうなって思ってしまうから。他に楽しいお金の使い方を家族と改めて考えるのもわるくないのかなってふと思った。

 

 で、買い物時にいつも思っているのは、どうしてもこういうイオンとか大きな店とかだったらだだっ広いフードコートで食事をすませる事になる。僕達みたいに小さい子を連れた家族連れもたくさんいて、店の前では人が並んでいて、その時によって席の確保もできずしばらく待たなければいけない事もある。フードコートを見渡すと食事をしているというより何かの儀式をしているようにみえてしまうし落ち着かない。手軽に食事を済ますことができるのがいい所なんだろうし、何を食べるか選ぶのが楽しみなのもわかるけど、食べずにお腹をすかした状態で家で帰ってゆっくり家族と食事をした方が有意義なんじゃないかって思って食べず家族が食べ終わるのを待っている時もある。まぁ単純に人混みが嫌いなだけなんだろうけど。

 

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と言っても家にいても、こういうジャンクな物を食べてたら、結局同じなんだろうけど。